トップへ戻る      「一心行の桜」  阿蘇郡南阿蘇村中松(旧白水村) 

1995年の満開の一心行の大桜です。
 「菜の花畑」に囲まれ、春の陽光を浴び、そよ吹く春風に誘われ、のびのびと咲くこの桜の姿は、本当に綺麗でした。あまりに大きいため南側と北側の枝の開花時期は少し差があります。すく近くの中松小学校の児童が毎年この時期、お弁当持参のスケッチ大会は子ども達にとって楽しみの行事でした。
今では「一心行の桜」ですが、この頃の看板には「中松の大桜」と紹介してあります。
(樹高14m 樹齢400十数年 幹周り7.30m)

 テレビで放映されて以来、開花の時期になると桜見物の人々でにぎわいます。それはそれはすごい人出です。
大桜までは、狭い農道をたどって行くしかありませんので、一番迷惑するのは周りの農家の方達です。
あちらこらに駐車された車で、畑に行けません。
 畑は踏み荒らされたあげくに、あぜ道は崩れ、農作業どころではなくなりました。
 苦情を受けた村役場では、周りを整備し村の経済活性化の一環として、
この時期に「桜祭り」が催され、一躍脚光を浴びだしました。
 車の渋滞解消のため、大型バスも離合できるよう、桜の為の新しい村道が造られました。
それから6年たった2001年の満開の「一心行の大桜」

2002年の満開の「一心行の大桜」

 周りの「菜の花畑」は駐車場に変わり、数十張りの村設営のテントでは村の特産品販売が行われ、焼き鳥焼き肉の油煙がもうもうと立ちこめています。
 昨年の見物人は20万人ほどだったそうで、今年はそれを大幅に上回る23万人とか。

 戦国の天正時代に散った領主将兵の霊を弔う為に植えられたとも伝えられる桜も、年に僅か10日余りのお祭りといえども、四百数十年たった今になって、現代人の排気ガスと油煙や雑踏をおみやげに、こうも眺めてもらえて、幸せなのか、ほとほと有り難た迷惑がっているのか。桜に聞いても答えてくれません。
 夜は明々と強烈なライトにさらされ、ゴホンゴホンと咳をしながら苦しむような大桜をいとおしく思ったのは、私だけではなかったのではと思いました。

 毎年満開時には、地元の小学校の子供達が楽しみに待ちに待ったスケッチ大会。いつも大桜を見守りながら仕事をされてた地域の皆さんも、年に一度桜の木の下での、のどかな花見も一生出来なくなりました。
葉桜も終わった大桜を見上げると、「ご苦労様 ゆっくり休んでください」と言わざるを得ません。

2003年4月6日 満開の一心行の大桜
 この日は、快晴の日曜日。満開情報に誘われ県外からすごい人並みの見学者でした。
この時期阿蘇方面への国道57号線が慢性の渋滞で、県道28号線の俵山峠越えの車も目立ちました。
しかし目的地を目の前にして車はストップ。駐車場が満車になったようで、出る車がなければ進みません。
山の麓が目的地ですが、仕方なく路上駐車で歩かれる人(写真)。
「桜まで歩いて何分くらいかかりますか」と聞かれるご家族連れのご婦人に「40分くらいかかりますよ」と云うとガックリされましたが、それでも歩いて行かれました。

 後で聞いた話ですが、国道57号線に大津町があります。
ちょうど熊本から桜までの中間地点(約20km手前)ですが、
午後7時頃でも阿蘇方面の車が渋滞していたそうです。
ほとんどが県外ナンバーです。
9時までは桜をライトアップしていますので
「間に合えば良いが」と心配したそうです。


熊日新聞の夕刊「ハイ!こちら編集局」より
 先日の日曜日に、白水村の「一心行の桜」を見に車で出かけました。ライトアップされた桜を子供に見せたかったもので.......。熊本市を夕方出たのですが、休日で同じ花見客の車で大渋滞。やっと着いたのが夜9時近く。ところが、着いた途端にライトが消えたんですよ。まだ、車も多かったし、周りには福岡から来られたかたもいらっしゃいました。あまりにも杓子定規なやり方にみんなガッカリしていました。30分延ばすとか、もっと臨機応変に出来ないのでしょうか。=熊本市、主婦(46)

 〜 白水村に聞きました。「ライトアップは今年で6年目。日没から夜9時までと広報しており、9時終了は定着したと考えています。ライトを当てることによる花への影響、関係者の労働条件なども考慮しています。ご理解ください」(熊日夕刊より転載)

「やっと駐車場に車を入れて、桜の木まで歩いて眺めた時間は3分間でした。
まだ駐車場に入れない車もありましたよ」との話も聞きました。
3分でも眺められただけでもよかったかもしれません。遠路楽しみに来られた方に気の毒です。

ただ、ライトアップが桜によくないことを、村役場(旧白水村)の担当者はご存じだった事に安心しました。
桜を大切にすると云うことで、来年からライトアップは中止になるかも知れませんね。
400年余も長生きしている老木の桜の為にも、もし来年ライトアップが中止されましたら、
桜を大切にされてるのだ、ということをどうぞご理解ください。

この2〜3年、桜が何となく元気がなかった。晴れやかな綺麗さがなかった。と複数の方から聞きました。
桜も突然の逆境に負けじと頑張っているような気がしました。

 2004年冬〜2005年春

それでも桜の周辺は、駐車場の整備と公園化が進められ、
わずかに桜の回りで色を添えていた「菜の花も」無くなりました。
ほぼ満開に近い4月10日の日曜日、近くまで行ってみましたが、毎年見られる車の渋滞も無く、
未完成の駐車場は八割程の入りでしたが、周りに張られたテントからは相変わらず焼き肉、焼き鳥、の匂いが立ちこめ、
空振りに近い、威勢のいい農産物等の売り込みの声が聞こえていました。

かっては知る人ぞ知る「中松の大桜」は400数年の間、ひっそりと咲き、地元の方々にこよなく愛された桜です。
このままだと一気に朽ち果てるような気がします。
10年前の元の静かな環境に早く戻してあげてください。

折れた姿は哀れです。開花時期に祭りが始まると、いつの間にか桜の横にお堂が建ち、賽銭箱がもうけてありました。
(開花前の 2006.3.20 撮影)

「桜祭り」は、桜の木周辺の地権者「白水中松2区実行委員会」で独自に運営されていましたが、
平成18年の「桜祭り」は南阿蘇村で運営されます。


10年前、この桜の木と、その傍らに、傾きかけたお墓に刻まれた戦国武将と思われる「中村伯耆守惟冬」に魅せられ、
その年夏の暑い日に、宇土郡の矢崎城を探し訪ね、又白水村の鶴翼城(水口城)跡に登り、桜の木を見下ろし、
ついでにと矢部町浜町の「浜の館」まで足をのばし「中村伯耆守惟冬」の夢路をたどったものでした。

昨年の桜祭りで手に入れた「一心行の大桜物語」と題した津留今朝寿氏の一部フィクションでつずられた著書は、
大変面白く読ませていただきましたが、
「あとがき」に述べられいた著者の惟冬と桜の思いは、当時の私の心境と全く同じでした。

「一心行の桜」= 「中村伯耆守惟冬」夢路をたどった10年前の青春?の記録です。是非お訪ねください。


身近な桜が一番です。

 すぐ近く2軒先隣の桐原さんちの樹齢約100年の「しだれ桜」の大木です。水路に覆い被さっているせいか、下から咲き始めて徐々に上に開花して行きます。毎年見事な花を咲かせます。

 日本は桜天国。どこにでも桜はあります。名高い桜見物もいいかも知れませんが、身近に花を咲かせている桜を、来年はもう一度ゆっくり見直してみませんか。私達の生活に密着した桜が一番綺麗だと気づくはずです。

この桜を毎年楽しみにされてる皆さん。「心配した台風16・18号」の風にも動じませんでした。

 4月の第一日曜日は水路の一斉清掃日です。旧久木野村自慢の 疏水群 です。流れる水は上流の「竹崎水源」「高森湧水トンネル」の清水ですので、綺麗です。この頃丁度満開を迎えます。

 前日の午後に取水口のゲートを閉めて水路を空にします。たまに取り残されたヤマメ水たまりに跳ねています。

 この日ばかりは水路に入って写真が撮れますので、知る人ゾ知るカメラマン絶好のシャッターチャンスです。

100年と400年の違いでしょうが、やはり老木はそっと見守りたいものです。