村の「金比羅神社」
私の久石地区に「こんぴらさん」の祠が祭られていると正月早々の熊日新聞ん初めて知りました。
登山道も整備されていなく、今はほとんど知られていません。お参りに行かなくては。
久木野地区「中二子石の金比羅山さん

約150年程前に先人が四国の金比羅山を
分霊して祭ったと伝えられています。
金比羅山は海上交通の守り神として信仰されていますが、四国金比羅山の春祭りで2月17日に行なわれる「祈年祭」は三大祭りの一つで「トシゴイノマツリ」ともいわれ「トシ」とは稲の事を示す言葉で、人間の食べ物を意味します。「稲をはじめとする穀物の豊作を願う」と共に人々の安泰と繁栄を祈る祭りです。

また岩山に祭られている金比羅様は、穏やかなふくよかなお顔で、どことなくエビス様ににていらっしゃいます。

庭の駐車場から 〜 かすかに幟が見えます。

地元の方から祠の話しを聞いた熊本市在住の方が祠を探し出し、綺麗に補強して幟を立てられました。
見上げると確かに幟が確認されます。望遠で撮ったら祠も確認出来ました。
お参りに行かねばと気は早やるばかりです。
いろいろ調べてみるとエビス様について
次のような記述がありました。

「神様の役割もどんどん広がって、エビス様は農業神としての顔もあるようです。大漁や商売繁盛の神ならば豊作をもたらしてもおかしくはないと考えられたのでしょう。農村では、豊作をもたらす田の神の性格も兼ね、田植えの早苗を供える例も観られます。山村では、山の神をエビスとよぶところもあり、田の神と山の神が定期的に行き来するという考えと、エビスの信仰が重ねあわされたものと考えられます。
これは外部から来訪し、福をもたらすというイメージが、田の神、山の神の去来という全国的にみられる信仰と結びついたと考えられます。」

私の勝手な解釈ですが、このような信仰からも、中二子石の金比羅様のお顔はエビス様に似ておられるのかもしれません。

いつも見上げている南外輪山の一画の裏山です。以前は住民が年一回の祭りや、乾期の時等は雨乞いをしていたそうですが、祠までは急斜面を登らなくてはならず、高齢化や猪等が増え危険な為、足が遠のいたそうです。

地元の方に聞きました。

◆ 一回も登った事はありません。
◆ 若い頃、雨乞いに皆で登った事はあります。
祠の前で、鐘や太鼓を
ドンチャンガンチャン叩いて踊ったら
三日後に雨が降りました。

◆ 専業農家の方は、
毎年正月開けに登っています。
今年もお参りに登って祠の木々を剪定してきました。
麓の入り口は荒れ放題だし、夏は木が茂って景色は見れんし、
ヤマヒルが居るケン今の時期(冬)しか登らんバイ。

*ヤマヒル:小さい1cm程で、尺とり虫みたいですが、
人の身体に触れると中に侵入し皮膚に食いついて血を吸い大豆程の多きさに膨れ上がる。
吸血中はなかなか取れないが、大きくなるとポロット落ちる。
以前はこの周辺には皆無でしたが、野生の動物イノシシや猿、鹿等の足にくっ付いた動物が
里山に降り出し繁殖したらしい。

1月28日 念願の参拝

午前中「金比羅神社」に登り、お酒を捧げました。


昔々の高校時代は、阿蘇高岳の「鷲ヶ峰」や「根子岳天狗岩」西峰縦走の経験がありますが、
久しぶりですので「備えあれば憂なし」と、足元は頑丈な靴に靴紐はキチンと心身ともに咲き閉めました。
簡単な救急外科医療品のリバテープと消毒薬
カメラ、ワンカップのお酒と清めの塩と水をデイパックに詰めました。
中二子石のバス停から車で南外輪山へ 分譲地の横を通って杉山を抜けると、約1分程で林道に出ます。
林道の路肩に車を置いて右へ50m程歩くと、左の杉の木にハンカチが下がっています。
最初に登った時に林道からの入り口が分かりにくかったため道標代わりに下げときました。
ここから左の竹薮が登山道の入り口です。
竹薮の先は、明るい杉林です。そこを抜けると灌木林に出ます。
昔は放牧地だったらしく、境に錆びた有刺鉄線が残っていました。
放置するとこんなに荒れるのですね。
この時期だからでしょう、振り返ると木々の間から阿蘇の山並が見えました。
春を過ぎれば登山には難儀する灌木です。さらに上へ。
すぐ正面に杉林があり、杉林を谷沿いに登ります。
左側に大きな岩を挟んだガレ谷があります。祠はこの方面です。
(最初はここから登りましたがお薦めではありません)
左のガレ谷へは入らずにそのまま薄暗い杉山を登って行くと
だんだん険しくなってきます。足場は落ち葉と土の変わりました。
正面に大きな白っぽい木が直立しています。何の木でしょうか分かりません。
この木を目印に二つのルートが選べます。
左方面へ小径が続いているのが見えます。
たどってみたくなるような感じですが、山慣れされていない方、
高所に弱い方は、そのまま正面の杉山を登ったほうが安全です。
この木から、さらに登ると突き当たりに白いロープが
取り付けてあります。

私は左手の明るい方の小径を選びました。最初の岩に挟まれたガレ谷を上り詰めるとここに出ます。
後は、急斜面を立ち木や木の根を頼りに、足場は靴で蹴り込みながら安全を確保して登ります。
眼下に清陵高校が見えました。

登りきると小さな峠に出ました。
後方が祠の岩山ですが、
ちょうど肩の部分に当たります。
「金比羅さんの肩の背」と名付けました。

前方は穏やかな丘です。

やがて先に平らな場所が見えてきました。
この上が間違いなく祠です。
「金比羅さんの肩の背」でひと休憩しました。

休憩後は、いよいよ金比羅さんを目指します。すぐ上です。
息をはきながら雑木の間を登って行くと、
足元に「エビネ」の群生を見つけました。
エビネは杉林等でよく見かけますが、
こんな場所で出会うとはビックリです。
側の岩にはビッシリ「岩松」がはり付いていました。

岩山を直登するのは無理ですので、
出来るだけ横に回るように登りました。

到着しました。麓からゆっくり登って約40分かかりました。

ふくよかなお顔でした。
1866年に四国の金比羅さんを分霊していただいた
久石の中二子石地区の金比羅さんです。
岩山の頂上は10畳程のです。祠はここにありました。

祠から、西の長陽立野方面〜東海大学、火山研究所がかすかに望めます。

東側の白水、高森町方面

すぐ下に我が家が見えます。やはり見守っていただいていました。

↓白川
入り口の看板→
↑県道28号線
←ロッジ
(赤屋根)

ブルーシートは薪小屋で、中央二階建てが居間、ロッジの屋根が見えます。

金比羅様からお土産をいただきました

下りの杉林の中で、落ち葉の中に薄汚れたガラスの
コップを見つけました。持ち帰って洗うと、
どこにも傷がなくシンプルな一合カップです。
昔、金比羅さんにお供えしてあったお酒のカップを猿が
持って行ったのかもしれません。

マイカップ専用で晩酌に使っています。
有り難うございました。

祠の三方は切り立った崖です。
東側の端っこから撮影。
下りは、祠のすぐ東側に安全な道があり
ロープが張ってありました。
途中の白い木から安全な道を登るとここに出ます。


金比羅さんの岩山を西側から眺めた頂上付近の岩山です。登山道はここから良く分かります。
左下の奥の杉林から岩山へ登ります。
幟が見えている岩山ですが、その下の緑の木の奥が
「金比羅さんの肩の背」です。

毎日気になっていましたので、お参り出来て安心しています。
すぐ裏山ですのでいつでも出掛けられます。
(暖かい季節はヤマヒルが居ますので入らない方がいいようです)

四国の金比羅さんの石段は1368段ですが、それにも劣らぬ登りでした。

先日、林道からの入り口30m程の竹薮を刈り払い機で整備しました。
いつも感謝の気持ちで岩山を見上げています。(2014.2.1記)